折り紙が銃規制に果たせるかもしれない役割

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今日、全米ライフル協会が声明を出した。声明が出る前は、全米ライフル協会がこれまでの方針を改め銃規制に一歩踏み出すかもしれないという期待があったが、見事に裏切られた。銃を規制するどころか、「全学校に武装警官を」との提案であった。非常に違和感・不快感を感じた。いや、怒りを感じたといった方がいいかもしれない。

声明によれば、銃を持っている悪人は銃を持っている善人が倒すしかないというが、一体どうやってその「悪人」と「善人」を区別するのか?銃は基本的に誰でも購入できるのだから、撃つまでは「善人」で撃ったら「悪人」ということなのだろうか。また、今日の新聞によれば、銃の売れ行きが非常に良くブームの状態になっているという。それも殺傷能力の高い自動小銃は売り切れ状態だという。規制を恐れて今のうちに購入するということだと思うが、そのような行動には本当に疑問を感じる。

銃では人や社会を良い方向に変えることはできない、と思う。いや絶対にできない。

前の記事で書いたように、今日の午後、スタジオで折り紙インストラクターの全体会議をした。その際、あるインストラクターからニュータウンに折り紙を贈ったらどうかという話が出た。そのときはあまり深く考えなかったが、帰りの車の中で、折り紙は異なる人々を1つにまとめ人々の魂を癒す力があるという基本的なことを思い出した。先の震災のときのことを思い出した。

タローズ折り紙スタジオの生徒やインストラクターが中心になってブルックリンの子供たちが千羽鶴を折るというプロジェクト、ありかもしれない。それが先の震災のときのように全国に広がれば銃規制を動かすことができるかもしれないと思った。

今回、本当にやれるかどうかわからないが、人や社会を動かすのは銃ではないことを示すことができる善意の武器として「折り紙」を活用しようという強い思いが与えられた瞬間だった。

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