神から頂いた恵みを1つづつ数えてみることの重要性

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昨日の説教の題目は、詩編103篇から「数えてみよ主の恵み」だった。

「8 主は、あわれみ深く、情け深い。怒るのにおそく、恵み豊かである。
9 主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒ってはおられない。
10 私たちの罪にしたがって私たちを扱うことをせず、私たちの咎にしたがって私たちに報いることもない。
11 天が地上はるかに高いように、御恵みは、主を恐れる者の上に大きい。
12 東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
13 父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。
14 主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。」

私たちは、よく「今年はいろいろあって大変だった」といって愚痴るか、あるいは、「今年はこんなにたくさんいいことがあった」等と言って高ぶる。しかし、神である主のしてくださったことはそのような自分の認識を超えていて、良いことも、悪いことも、ここに生きていることさえも、主の恵みなのだ。

「考えるな、思い出せ!」山中牧師はおっしゃっておられた。

本当に、私たち人間は神がくださった恵みをすぐに忘れてしまう動物である。意識して神の恵みを思い出して一つづつ数えてみることが必要なのである。

神を恐れ、生かされている存在なのだということを認識し、本来はちりに過ぎない自分でも何かできることがあれば是非させてもらいたいという謙った気持ちで、世の中に仕えて行きたいと思う。

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日本・米国弁理士/折り紙プロデューサ 矢口太郎

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